一期一会
一期一会
前書き
――いつからだろう。こんなにも怖がりになったのは。
あれから、一緒にいることが多くなったわたしたち。
初めて君を名前で呼んだ屋上。初めて君が名前を呼んでくれた瞬間。
多分、その時だ――。
Chapter1
葉月。
初秋というにはまだ早いと気温が邪魔する梅雨明けの時期。
近頃わたしが手に入れたものの中で、一番印象に残っているものの名前だった。正確にはものじゃないし、付き合っているというだけで手に入れてもいないけど。
ないけど、わたしは君の名前を手に入れたと思っている。
そして、君にわたしの名前をあげたとも思っている。
藤森葉月。
藤森葉月と宮川梓。
なんてことはない、ありふれた女性名のはずなのだけど。
そうやって君と名前を呼び合うのは、なんだかこそばゆい。アズとかミヤとか、あずにゃんとか。誰かとあだ名を共有することはたくさんしたはずなんけど、こんな感覚は初めてかも。
なんなんだろう。悪い気はしない。
初婚の夫婦がお互いの呼び名に気を遣うみたいな感覚かな。そんなの知らないけど。
もっと具体的にすればわかりそう。
周囲に内緒で結婚した夫婦が、知り合いとか家族にひた隠している時の、お互いの呼び名に気を遣うみたいな感覚かな。なんか物騒になったかもしれない。
でも、そんな感じ。
わたしと君は。梓と葉月は。
「葉づ……ごほごほっ。ふ、藤森さん? 今日どう、一緒に帰らない?」
「いいですよ。宮川さん」
人目を気にするという環境で、わたしは途轍もなく弱く。葉月は、途轍もなく強かった。
それでも、わたしの望んだ関係は、わたしの望まぬ関係の崩壊とともに。それはまるで、雪解けの雨に流れて零れる、誰かの冷静さのようにも見えて。